入江 貴博 (T@kahiro IRIE)



東京大学大気海洋研究所
海洋生命システム研究系
海洋生物資源部門
資源解析分野 助教

e-mail: irie[at]aori.u-tokyo.ac.jp


研究内容: 海洋生物の生活史に関する定量的情報に対して、数理的手法を用いて切り込む研究を続けています。現在集中的に取り組んでいる課題は、海洋生物の資源解析に役立つ数理モデルと数理統計学的手法の開発・改善です。学生時代からの専門分野は進化生態学で、海に棲む外温動物の生活史進化に対する理解を深めるための研究を続けています。生活史形質や形態形質の空間的・時間的パターンを説明するためのアプローチとして、(1)コドラート敷設や標識再捕を繰り返す野外調査、(2)適応度の最大化に基づく数理モデルの構築と解析、(3)環境条件を操作した下での室内飼育実験を協調的に用いる研究手法を採っています。

★ 生活史生態学と生物地理学をつなぐベリジャー幼生の研究 ★


ポラロイド写真

腹足類では、分散能力に乏しい直接発生の種から、1年近くにわたる長期の浮遊生活を経てから着底にいたるような種までの生活史のスペクトラムが見られると同時に、両型(直接発生と間接発生)の幼生を生み出すペシロゴニーを示す種も存在します。腹足類の浮遊幼生はたいへん微小なうえに、長期間にわたる受動移送によって広範囲に分散するため、野外での個体追跡はできません。そのため、海産腹足類の浮遊幼生期には数多くの謎が残されています。本プロジェクトでは、幼生期の飼育実験や胎殻の微量元素比測定からの情報を用いて、海流による受動移送の過程で経験される温度環境の変遷を推定する枠組みの確立を目指します。また、経験温度や体サイズと動的エネルギー収支との間で知られている関係性を利用して、着底前の斃死リスクを計算するための数理モデルを構築します。さらに、大規模なRADシーケンシングによって高精度の集団遺伝構造を明らかにする計画を進める準備として、対象種に関する次世代シーケンサー用DNAライブラリの作成を進めます。

★ 中立遺伝子情報に基づく個体群サイズ推定法の開発 ★


保全生態学や水産科学では、海洋生物の野外個体群サイズに関する推定手法の改善が課題となっています。現在の推定手法は、漁業に由来する無作為抽出によらないデータに大きく依存しており、推定値の精度と確度に問題があります。これに代わる次世代の手法として期待されているのが、世代をまたいだ標本の中立遺伝子情報に基づく方法で、クロスキン法(Close-Kin method)などと呼ばれています。この方法は、標本中で検出された親子ペア数(#POP)や半兄弟ペア数(#HSP)の情報から、野外での個体数をベイズ推定するというアイデアに基づくものです。このプロジェクトでは、#POPや#HSPから実際の個体数を推定するためのアルゴリズムを統計学に基づいて作り上げることを目指しています。





1. タカラガイの地理的変異


種内変異は生物進化の原動力であり、進化生態学において重要な研究テーマです。地理的に連続的な種内変異(クライン)の一例として、潮間帯に棲むタカラガイ(Monetaria caputserpentis ハナマルユキやMonetaria annulus ハナビラダカラ)が示す、緯度が低い産地ほど成熟時の体サイズが小さく、貝殻が厚くなるという現象があります。これらのパターンの近接要因と究極要因を特定することが、本研究の目的です。詳しい内容は以下のまとめをご参照ください:

2. 温度-サイズ則の適応的意義


実線:温度-サイズに従う生物の成長曲線.点線:石灰化を行う外温動物の低温での成長曲線(仮説).低温で成長が非常に遅くなり、最終サイズが小さくなる?

地球温暖化を背景として、生物の温度適応(thermal adaptation)に関する研究が日々重要性を増しております。外温動物(ectotherms)の大半の種は、環境の温度が低いほど長い時間をかけてゆっくりと成長し、最終的に大きなサイズに達します。この経験則は温度-サイズ則(TSR)と呼ばれ、進化生態学の観点から適応的意義を持つ可能性が指摘されています。TSRに従わない種も様々な分類群で発見されていますが、TSRに従うかどうかを決める要因は特定されていません。一例として、海洋無脊椎動物の外骨格を作る炭酸カルシウムは温度が低いほど海水に溶けやすいという性質を持っているため、温度が低いほど石灰化にかかるコストが増大する可能性があります。その結果として、石灰化を行う外温動物は、低温で大きく育つためにより多くのコストを支払うことになるため、TSRに従わない種が現れるのではないかと予想しています。

3. 海洋酸性化の下での生活史進化


Eastbourneの崖(円石藻化石から構成)

人類による化石燃料の消費に起因した大気二酸化炭素濃度の上昇は、温室効果を介した「地球温暖化」を引き起こすことが広く懸念されています。これと同時に、人為的に放出される二酸化炭素の約30%は海洋が吸収することで「海洋酸性化」と呼ばれる現象が進行しつつあります。海水中に溶存する二酸化炭素濃度の上昇は炭酸イオン濃度を低下させるため、海洋酸性化によって海洋生物による石灰質の外骨格形成が阻害されるおそれが生じています。本研究の目的は、植物プランクトンの一種である円石藻(coccolithophore)が海洋酸性化の下で示す生活史進化を理論的に調べることにあります。円石藻は、方解石でできた外骨格(円石)を構築する単細胞の海洋性原生生物で、環境条件が揃うと巨大なブルームを形成します。その死骸を構成する大量の円石は海底に沈み、炭酸カルシウム泥として蓄積しますが、炭酸カルシウムは炭素原子を含むため、不定期に起こる円石藻のブルームは地球の炭素循環に大きな作用を担っていると考えられています。

4. 動的最適化手法の生活史進化理論への応用


軟体部(赤)の成長と防御器官(青)の成長の時間的関係に見られる多様性

動的最適化(dynamic optimization)とは、時系列の最適化を通して評価関数の最小化・最大化問題を解決するための手法です。この研究は、いまや最適制御理論の主要な解析的方法として知られているPontryaginの最大化原理を利用したプロジェクトです。この数理モデルでは、軟体部と外殻から構成される決定成長の生物を考えています。性成熟以前には、成長期の各瞬間に資源を軟体部の成長と外殻の成長に自由な比率で分配します。分配の比率は成長期を通して自由に変えることができますが、進化の結果として生涯繁殖成功が最大となるような、最適な時系列をとると考えられます。性成熟後はすべての資源を繁殖に投資します。さらに、成長期の長さ(=性熟のタイミング)も最適化されます。解析の結果、このモデルは自然界で観察される軟体動物の成長パターンの多様性をうまく説明することに成功しました。

5. 空間的自己相関と偽反復問題(pseudoreplication)


正の自己相関を持つ二次元空間パターンの一例

ベントスを対象とした実証研究を進めている生態学者にとって頭痛の種となるのが偽反復pseudoreplicationにまつわる問題です。生態学では、論文の執筆に先立って、実験や野外調査で得られたデータを統計学的に解析して仮説検定を実施することが多くあります。統計モデルの多くはランダム項に関して「統計的な独立性」を仮定しているのですが、その仮定を逸脱した際に生じるのが偽反復です。具体的には、実験デザインを確立する段階での判断ミスや野外での環境変数に内在する空間的自己相関などが原因になることが多いです。この問題がやっかいである最大の理由は、統計解析を終えて、論文原稿も執筆し、科学雑誌に投稿して時間が経ってから査読者によって問題点が指摘されることが多い点にあります。「問題ない」と言い張ったり、統計解析をやり直すことで解決することもありますが、場合によってはデータを取り直さない限りは解決できない場合もあります。この問題を広く知っていただくための活動として、2009年に偽反復に関する企画集会をオーガナイズしました(その時の発表資料は下のリンクから閲覧できます)。

略 歴


1980年 横浜に生まれる. 1999年 慶應義塾高等学校卒業. 2003年 九州大学理学部生物学科卒業. 2005年 九州大学理学府生物科学専攻修士課程修了 (数理生物学研究室). 2005-08年 日本学術振興会特別研究員(DC1). 2008年 九州大学理学府生物科学専攻博士課程修了 (数理生物学研究室). 理学博士号取得 (主査 巖佐庸教授.副査 粕谷英一准教授・山平寿智准教授). 2008-11年 日本学術振興会特別研究員(PD). 2008-11年 琉球大学熱帯生物圏研究センター瀬底実験所PD (サンゴ礁生物生態学研究室:酒井一彦教授). 2010年 アムステルダム大学 (日本学術振興会優秀若手研究者海外派遣事業) (IBED Theoretical Ecology Research Group:Andre de Roos教授). 2011-13年 日本学術振興会海外特別研究員・スタンフォード大学ポスドク (Department of Biology: Shripad Tuljapurkar教授). 2013-14年 東京大学大気海洋研究所 国際沿岸海洋研究センター 海洋科学特定共同研究員 (生物資源再生分野:河村知彦教授). 2014年 水産総合研究センター 国際水産資源研究所 くろまぐろ資源部 くろまぐろ資源グループ 研究等支援職員. 2014年- 東京大学大気海洋研究所 海洋生命システム研究系 海洋生物資源部門 資源解析分野 助教. 2016-17年 東京大学卓越研究員. 2017年3月 日本生態学会宮地賞受賞.







Schwangau, Germany
Caulerpa brachypus at Tanegashima

東京大学大気海洋研究所共同利用研究集会
海洋生物の資源量推定
2015年11月13日(金)10:30-17:00

企画:入江貴博・平松一彦

白木原国雄
目視調査による資源量推定
-沿岸性鯨類スナメリを対象として

岡村寛・金治佑・木白俊哉
小型鯨類の複数種同時発見を考慮した個体数推定

酒井一彦
サンゴの資源量・個体群サイズの測定:
被度による測定の解析上の制約とその打開策

平松一彦
我が国周辺水域の水産資源の評価手法について

荒木仁志
遺伝子マーカーを用いた有効集団サイズ推定について

入江貴博
中立遺伝マーカーを用いた近親判別に基づく
個体数推定の可能性

北門利英
国際資源に対する資源評価法とその動向

Segovia, Spain
Toledo, Spain


日本ベントス学会・日本プランクトン学会合同大会
自由集会
生活史研究を語る
2015年9月3日(木) 北海道大学 18:30-20:30

企画:和田哲・堀越彩香

堀越彩香
ムロミスナウフシの一生:
東京湾の一“危機種”の基礎的知見として

久保祐貴
標識再捕法を用いたコシダカガンラの生活史研究

西村浩明
ブドウガイの老化パターン:水温と摂餌頻度影響

入江貴博
タカラガイの研究:生活史種内変異からわること

La Jolla, California
Miho, Shimizu
AORI


第61回日本生態学会大会企画集会
海洋生物における表現型可塑性
2014年3月16日(日) 広島国際会議場 18:00-20:00

企画:岩田容子・入江貴博

岩田容子
イカにみられる代替繁殖戦術
交尾後性選択は配偶子まで変異を導く

酒井一彦
群体性サンゴに見られる生活史形質の可塑性とその種間
および種内変異:研究ツールとしてのサンゴの“移植”

森田健太郎
海へ行くべきか、行かざるべきか―
Status-dependent conditional strategyとしての
サクラマス生活史多型

山口幸
エボシガイ類における性表現の可塑性と矮雄の進化

入江貴博
腹足類に見られる貝殻形態の可塑性とそれにまつわる諸問題

コメント:澤田紘太山平寿智


第23回日本数理生物学会大会企画シンポジウム
海洋生物における生活史・個体群動態の数理的問題を解く
2013年9月12日(木) 静岡大学 9:00-12:00

企画:山口幸・入江貴博

岩田繁英
海洋回遊生物の資源管理

入江貴博
最適性モデルで紐解く生活史の地理的変異と時間的変化

澤田紘太
魚類における双方向性転換の数理モデル

山口幸
フジツボ類の多様な性表現の進化を動的最適化で解く

巌佐庸
性決定様式の進化:フクロムシ類を例に

Stanford, California
Venezia, Italy
Dinant, Belgium
Boer goat, the Netherlands
Zaanse Schans, the Netherlands
Naarden, the Netherlands


第56回日本生態学会大会企画集会
野外データに潜む自己相関と偽反復
他人事では済まされない統計解析の罠
2009年3月21日(土) 岩手県立大学 12:00-14:00

企画:玉井玲子・入江貴博・角谷拓

麻生一枝
Pseudoreplicationとは?

玉井玲子・酒井一彦
実験デザインを反映した分散分析モデルとその意味

入江貴博
有効標本数と自由度調整で対処する空間的自己相関

山北剛久
空間自己相関を考慮に入れたアマモ類の広域動態の解析

角谷拓
移動分散を考慮した空間データの分析:
外来種の分布拡大を事例に

コメント:仲岡雅裕


    Theory of Biomathematics and Its Applications V
    Mathematical Modeling of Life History Strategy
    January 15th, 2009 Kyoto University 9:25-12:15
    Organizers: Sachi Yamaguchi and Takahiro Irie

Takahiro Irie
Optimal life-history models: why theoreticians
should cooperate with empiricists

Tetsuya Akita and Hiroyuki Matsuda
Resource dynamics and pollen-limitation can
cause polymorphism of reproduction

Hideo Ezoe
Effect of stochasticity in visit of pollinator
on resource allocation in a flower

Satoki Sakai
Evolution of overproduction of ovules:
an advantage of selective abortion of ovules

Sachi Yamaguchi, Yoichi Yusa,
and Satoshi Takahashi

Size dependent resource allocation with
continuous growth in sedentary marine animals

Conus bandanus

個体群生態学会第24回年次大会:公募シンポジウム
進化生態学シンポジウム:
生活史形質の種内変異-理論と実証-

2008年10月18日(土)東京大学農学部 13:00-15:30
企画:山口幸・遠山弘法・入江貴博

山口幸・尾崎有紀・遊佐陽一・高橋智
小さい雄は成長するか?
-フジツボ類の矮雄の成長パターンと生活史戦略-

江副日出夫
花粉制限を考慮した植物の性配分モデル

遠山弘法・矢原徹一
スミレ属2種における種内変異の進化

世古智一
イチモンジセセリにおける繁殖形質の個体群間変異:
移動のコストは小卵多産をもたらすのか?

定清奨・石原道博
休眠のコストと餌の制約が引き起こす
生活史形質の世代間・集団間変異

尾崎健太郎・和田 哲
ブドウガイにおける繁殖形質の可塑性: 水温と餌の影響

入江貴博
温度-サイズ則の進化:生活史パズルの一般解を求めて

Living Monetaria caputserpentis


第54回日本生態学会大会公募シンポジウム
海洋性ベントスの生活史:成長と繁殖の生態学
2007年3月21日(水) 愛媛大学 14:30-17:00
企画:入江貴博・甲斐清香

甲斐清香
群体サイズと群体年齢が群体性サンゴの
成長や繁殖への資源配分に及ぼす影響

和田哲
ホンヤドカリ属の資源配分パターン:
メスの交尾直前脱皮と産卵

河井崇
個体及び集団の成長が同種・他種に与える
正の影響・負の影響

河村知彦
アワビ類の初期生態と個体数変動

小渕正美
雌雄同体性ウミシダ Antedonidae sp.の生活史

入江貴博
生活史研究における問題点:海洋性ベントスの場合

Sesoko station
Sesoko beach
Living Monetaria moneta


第53回日本生態学会大会公募シンポジウム
表現型の可塑性:その適応的意義の探求
2006年3月28日(火) 朱鷺メッセ 9:30-12:00

企画:入江貴博・岸田治・工藤洋

入江貴博
可塑的形質としての体サイズ:タカラガイの地理的変異

杉阪次郎
表現型可塑性変異の分子遺伝学的基盤を探る
~開花反応性の地理的変異~

岸田治・岩見斉・西村欣也
両生類幼生の捕食者誘導形態

石原道博・世古智一
季節適応としての昆虫の表現型可塑性

工藤洋
表現型可塑性研究の新展開

Living <i>Monetaria annulus</i>


第52回日本生態学会大会自由集会
生活史緯度クラインの生態学
2005年3月28日(月) 大阪国際会議場 17:30-20:00

企画:入江貴博・河田雅圭

山平寿智
メダカの生活史の緯度間変異

荒瀬輝夫
ヤブマメの開花・結実習性の緯度クライン

入江貴博
防御器官の緯度クライン
-種内および種間のパターン-

コメント:矢原徹一

Shionomisaki, Wakayama

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