1999年9月13日-14日 東大海洋研講堂
1.シラスウナギ資源の減少と再生産の保護
近年シラスウナギ(以下シラスと略称)の採捕量は激しく減少しており,一部では絶滅の恐れさえも危惧されるようになった。シラス採捕量やウナギ資源の減少原因にはA. シラス乱獲説,B. 親魚河川死滅説,C. 海洋環境変動説などがあげられる。これらの原因のうちで人間が実際に管理できるのはAとBであり,シラスの漁獲および河川における親ウナギの死亡(漁獲も含む)がウナギの再生産能力の減少に与える影響の大きさを知ることは,漁獲規制等によるウナギ資源の保護をおこなう上で将来の重要な課題である。また,小さなウナギの河川湖沼への放流や再生産への寄与を期待した親ウナギの放流もおこなわれており,放流効果と管理の保護効果を比較検討することも重要であろう。これらのためには,シラスおよびウナギ成魚の1尾あたりの再生産上の価値(将来の再生産能力)を見積もることが必要である。
2.繁殖価と再生産効果
年齢が異なる個体の価値を相対化し比較するために,生態学分野では一般的に繁殖価(Reproductive value)が用いられている。繁殖価はある齢の個体がこれからの先の生涯に産む期待産卵数として定義され,個体の再生産能力の指標として使用されている。t歳の個体がそれ以降の各年齢(i歳)で残す期待産卵数は,i歳の個体あたり産卵数Eiとt歳からi歳の産卵期までの生残率Siの積で表現される。t歳の個体がこれから先の生涯に産む産卵期待数は,t歳から最高年齢tmaxまでの期待産卵数の和である(ただし産卵期は加齢直後に始まるとする)。性比が年齢によらず一定で,加入と産卵が1度に起こると考えると,t歳魚の繁殖価RVtは下式のように表現できる。
t歳魚の繁殖価:
実際の適用においては,産卵数と親魚の体重が比例関係にあると考え,産卵数Eiを親魚の体重と成熟率の積で代用する場合もある。
以下では,再生産効果を「放流または資源管理による産卵資源量の増加量」と定義する。t歳の魚1尾を漁獲せずに獲り残した場合にt歳魚がその後の生涯に産む卵の期待数(繁殖価RVt)は,t歳の魚1尾を保護した場合の資源管理の効果(再生産効果)に相当する。同様にt歳魚を1尾放流することによる再生産効果はRVtと放流時の添加効率の積で表すことができる。森山・松宮(1997)は太平洋中区と瀬戸内芸予諸島のマダイのデータを用いて,各年齢のマダイ1尾を保護する(漁獲しない)こととマダイ種苗を1尾放流することの効果の比較をおこなった。資源・生活史パラメータの知見が集積されれば,ニホンウナギに関しても同様の計算が可能である。
3.ニホンウナギの繁殖価の試算
森山・松宮(1997)の方法にしたがいニホンウナギの繁殖価を試算し,シラス保護の効果と親ウナギの保護および放流の効果を相対的に比較検討した。ニホンウナギに関する資源・生活史パラメータの詳細な知見は得られていないため,ヨーロッパウナギ等のデータ(要旨集付属の文献抄録を参照)からニホンウナギのパラメータを推測(引用)し,特に情報が乏しいパラメータに関しては複数の妥当な値を設定して試算を行った。計算に当たっての大きな設定は以下のとおりである。1) 雌ウナギだけを考慮する。2) 同一年齢個体間で体重等の個体差がなく,年齢に依存する特定の割合で降海し産卵する。3) シラスの漁獲率,親ウナギの漁獲係数・自然死亡係数,年齢と降海率の関係には複数の値を設定する。4) 降海から産卵までの死亡率は年齢・体長に独立で,かつ産卵数と親魚の体重が比例関係にあると考え,降海時の親魚重量をその個体が持つ再生産能力として評価する(下図参照)。検討例の一部を以下に示した。
参考資料:
森山彰久・松宮義晴(1997)繁殖価に基づく再生産期待型の種苗放流と漁獲規制との相対的比較.栽培技術研究報告26:43-49.